石狩弁天社

由緒

 創立は1967年(元禄7年)、鮭の豊漁と海上安全を願って建てられた。建てられた場所は現在の石狩八幡神社の場所です。300年の歴史を誇る、石狩市最古の神社。

 1816年(文化13年)に石狩場所請負人の村上家によって社殿が建てられ、村上家の守護神となる。

 1874年(明治7年)石狩八幡神社が町の中心地である本庁地区の現在の地に移転したため、村上家の内神といいことで村上家の所有地である現在の地に遷されますが、鳥居は残され、石狩八幡神社が使用することになりました。そのため、「海上安全」の文字が刻まれています。

 1948年(昭和23年)弁天社が村上家から離れ、漁民の崇敬となる。

祭神

 厳島大明神(弁財天)、稲荷大明神、妙亀法鮫大明神、大黒天、恵比寿、毘沙門天

弁才天

 本来は水の神様ですが、日本にもたらされてから、財福の神とされ、「弁財天」と書かれることが多くなった。

妙亀法鮫大明神

 石狩川の主と呼ばれるチョウザメを神格化したもの

賽銭箱

   

狛犬

 

どこにいるかと思いきや、格子の小屋の中におりました。海岸沿いの風雪から守るためか、不思議です。

禮拝器

茨城県から運ばれたもので、「水府港 大内石可」と右側面に彫られており、水府港は茨城県那珂湊港を指し、石狩と水戸藩とかかわりがあったものと思われます。

北千島沖流網之碑

北千島サケマス流網漁業は石狩からも出航し、戦争で中断後、昭和27年に再開し、昭和51年まで続きました。記念碑は平成7年に建立。

いしかり砂丘の風資料館より

地図

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コメント

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